| 経営の本質を体得するビジネスシュミレーションの理論と実践) |
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経営の本質を体得するビジネスシュミレーションの理論と実践)
本教材の内容(一部紹介)
序にかえて
新時代における帝王学を提唱する
1. 経営環境の変化は経営のあり方を変えた
明らかに経営環境変わってしまった。グローバル化の旗印のもとに、わが国経営界をおそった波は、未曾有の長期にわたる不況をもたらした。否、最早、不況とはいえない構造的変化である。こうした環境の激変は、必然的に市場に反映する。限られたパイを求めて各社がしのぎを削る事態、弱肉強食の厳しい生存競争の世界に、否応なく、たヽき込まれてしまった。 かって、高度成長期には、全体のパイは増え、その取り分に差はあっても、何らかの恩恵は得られ、企業も成長が可能であった。せいぜい増加する取り分をめぐっての競争でしかなかった。 それが、今日では、限られたパイの奪い合いになり、激烈な競争のもとで、売上も利益も減少し、まかり間違えば、倒産のウキ目に遭うことになる。 企業が要求している経営のあり方は、まったくサマ変わりしてしまった。
2. 経営が問われる時代――管理型経営から戦略的経営へ
今日、あらゆる業界分野で、経営の行き詰まりの実例が報じられている。いずれも、ちょっとした経営の失敗や改革のおくれが致命的事態を引き起こしている。このことは、従来の経営のあり方、運営の仕方が行き詰まっていることを物語っているからに他ならない。従来の経営の考え方は、経営を構成している業務組織体制さえうまく機能すれば、経営も順調である筈だという、いわば、管理型経営への幻想であった。ところが、この管理型経営では新しい経営課題が解決しないという現実に直面するのである。時代が要求していることは、自社のあらゆる経営資源と経営活動のすべてをもって、当面する課題、中長期的課題の取り組む経営姿勢である。そこでは、企業経営において、経営戦略的な役割が重要になってきているのは明らかである。 経営のあり方は、管理型経営から戦略的経営に移らざる得なくなっている。そして、経営自体がより高度に専門的・プロフェショナル的になっていく。あわせて、経営に伴う価値基準もサマ変わりしてしまうのである。
3.経営者像の変化
経営のあり方の変化は、求められる経営者像をも変えずにはいられない。既述のように、従来の経営の要諦はその経営織体制をうまく運営することにあった。このことは、とりもなおさず、構築された組織体制が完璧であるとの前提に立つことであり、従って、組織をきちんと運営・管理できることが重要な条件であった。 そのため、組織の責任者がそのまま昇進して役員になり、経営陣に参画しても、そして、組織の長の延長として、その役割を果たしていても、なんの不都合もないとみられたのである。また、そのようにして役員が任命されることは、功労のあった社員の功成り遂げた者として名誉あるポジションなのである。 しかし、こうして経営のわからない、部門の実力者が経営に参画することの弊害が、新しい経営環境のもとで、除々に顕在化してくることになる。 今日の激しく変化する経営環境において、完全な組織体制は望むべくもなく、現実には、会議体などの調整機能、プロジェクト機能などによって補完しているばかりか、これらの役割が企業経営にとって、いよいよ重要になってきているのである。このことから、管理者として優秀であることがかえって経営者としてマイナスとして作用するという現象も出てくるのである。 管理者の役割と経営者の役割とは全く別のものなのである。そして、新しい経営者像とは、既述したような、これからの時代において要求される経営のあり方にふさわしい人々でなければならない。
4. 新しい帝王学とは
かって帝王学というのがあった。時の権力者が自分の子弟を後継者にするためにほどこす教育である。帝王学が存在する前提は、社会的に確立された身分制度にあることは言うまでもない。 身分制度のもとでは、生まれた時から将来の身分は決まっている。だから、生まれた時から、「権力者は権力者らしく」、「貴族は貴族らしく」、「武士は武士らしく」、「農民は農民らしく」、「職人は職人らしく」、「商人は商人らしく」なるように、親の姿を追いながら、躾られ、育てられるのである。 しかし、今日の社会では、ごく一部の人々が法的に定められている以外、身分制度は存在しない。それでも、家業を子孫に継承させようという潮流は連綿として続いているのが現実である。オーナー経営者も、また然りである。 明らかに、オーナーはいろいろなやり方で子弟に帝王学を実施する。しかし、過去の経験が通用しない激変する経営環境では、問題が多い。偉大な創業者ですら失敗する時勢である。一般人とかけ離れた「殿様の経営者」だけでは早晩行き詰まることになろう。 オーナー経営でない一般の経営においても、次の経営者の育成には多くの配慮がなされてきている。いわゆる「エリートコース」として、多くの部門を歴任させたり、関連会社の経営者に武者修業に出すなど、経営者としての素養を身に着けさせようというのである。 多くの施策にもかヽわらず、新しい環境に適応する経営者が育っていないのが現実ではないだろうか。 いまこそ、新時代に向けた経営者の育成、そのためのプログラムが求められているのではなかろうか。これが新しい経営者のための帝王学なのである。
5. T字型人間をつくり出せ
日本には、弱肉強食の厳しい生存競争の経営環境に対応した経営者育成システムがほとんど存在してないのが現実である。というのは、日本ではこうした経営環境の歴史が未だ浅いからである。これに対して、アメリカやヨーロッパにおいては、歴史的に厳しい生存競争でもまれて来た経緯から、戦略的な経営観が発達し、そうした見地からの教育システムも発達している。その代表的なものは、ハーバードを中心としたビジネス・スクールであり、MBA制度である。日本でも、これらを学ぶ者が多く留学しており、日本にも輸入されているのは周知の通りである。 しかし、アメリカと日本では、その文化と風土が違いすぎ、アメリカ的経営がそのまヽ日本では受け入れにくいのも事実である。未だ、日本の経営社会が成熟してないからかも知れない。いずれにせよ、歴史の浅い日本では過度期にあるといえよう。 いずれにせよ、いくら経営がプロ化しても、日本では社内の従業員が管理職を経て経営陣に参画するケースは依然として多いとみられる。そうした状況のもとで、企業を戦略的経営に脱皮させるために必要な経営者及びこれから経営者になるべき人間の育成が急がれねばならない。 私達は、このためには企業における幹部をT字型人間にすべきだと提言している。それは、部門の専門的知識・技術を持ちながら、同時に共通の基盤として経営センス、とくに戦略的経営センスを身につけさせることである。これからは組織の部門長がその組織部門の代表者に留まっていては、経営は全体として良好に機能しないばかりか、経営の足を引っ張ることになる。経営の基盤に立った部門長であること、そしてそうした経営集団があってはじめて企業は戦略的になり、危機に立ち向かえるのである。
6. 戦略的経営の育成システム
私達は、こうした時代のニーズに応えるため、経営幹部向けに効率的で実践的な経営育成システムを鋭意研究・開発してきた。それは長い経験と歴史をもつアメリカ・ハーバード方式のビジネスシミュレーションをベースとし、日本の経営幹部にとって必要不可欠なカリキュラムをもって構成したものであり、多くの実践を通じて改良を重ねてきたものである。経営者及び経営幹部(経営者候補者及び主要管理職者)にとって、戦略的経営センスを学ぶのに実践的で修得性の高い研修プログラムとなっている。 第1図
経営力育成システム
――研修プログラム概要――
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総論 経営力育成の意義――なぜ、今、ビジネスゲームなのか
[目的]
第3図 経営力育成システムの目的
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1.今、あらためて「経営を学ぶ」ことの意味
戦後の日本の経営学は、アメリカの影響を色濃く受けているのは言うまでもない。それでも、学問としての経営学は、主として文献学として、あるいは夫々の時代の企業社会を背景として登場した理論をもって展開されて来た。
一方において、戦後の復興期から高度成長期を迎えて、経営学は実際の経営に役立つべきものとの風潮が主流となり、さらに日本の目覚しい復興と発展から、日本的経営が、むしろ海外から熱い眼差しで見られることもあり、内外を問わず、経営に関する書物は、「学」というより実践的啓蒙書としての色彩を強めて行った。その間に多種多用のおびただしい書物が巷にあふれたのである。経営と一言でいっても、それが包含している内容は実に広範囲である。経営に必要なものは、専門分野からいえば、製造業なら工学・理学があり、一般の企業においては、商売では商学、損益勘定からは会計学・簿記、働く人間に関しては社会学・心理学はては文学にいたり、社内規範および対外関係ではおびただしい法律、海外との関係では諸外国語と国際関係。このように挙げていけば、含まれない専門分野はないと断言してよいであろう。 これらを全て包含した「学」を定義することは所詮不可能である。当然、これらの専門分野は、企業内の夫々の専門組織に任せることになる。そのうえで、これらの企業活動に共通するものとして、また企業活動にとってきわめて大切なものとして、組織やリーダーシップなどののマネジメントに関するものが、経営学および実践論の主流として、今日まで続いている。 しかし、組織論もリーダーシップ論も、企業内組織及びそこで働く人々の管理に関するものである。もちろん、組織管理やリーダーシップ論は、企業体の経営運営に欠かすことのできない重要事項であることに誰しも異論はない。それにも拘わらず、企業にとって、別の、もっと重要なことがあったのである。そのことは、高度成長期には気付かず、今日の厳しい経営環境になってはじめて、気付かされたのである。かって経験したことのない環境の激変のなか、どのように経営のカジをとるのか、経営も大変革を迫られることになったのである。それはあらためて経営というものを見つめ直すキッカケとなった。 今日ほど、経営そのものが問われる時代はかってなかった。 そこでの課題は、企業環境のもとでの経営戦略であり、それを受けた企業内部の戦略・戦術のあり方である。明らかに経営の重点が移って来ているのである。リーダーシップ論はそうした戦略遂行のための管理論という見方になろうとしている。 ここに、「経営を学ぶ」ことの意味があり、その内容は、経営者や管理者のための「リーダーシップ論」でも「組織体制の管理」でもなく、まさに「経営者のための経営」なのである。
2.経営者の経営学
既述のように、かって高度成長期には、経営の主体は組織体制のかんりであったから、管理職から経営者になっても、過去の延長線上にあり、あらためて経営者ための経営教育は絶対条件ではなかった。それが、今日、経営が問われ、経営者が問われるようになって、あらためて「経営者のための経営学」のニーズが高まって来た。「経営者のための経営学」は、言ってみれば、経営者にとって必要な素養を身につけることである。それは、現在の経営者ばかりでなく、これからの経営者、つまり、「経営者の育成」につながる。 経営者としての教育をするというのは、経営者になっているか、あるいは経営者になることを前提としたものである。 経営者を対象とした教育が盛んなのは、厳しい生存競争の長い歴史のなかでもまれて来たアメリカやヨーロッパであり、とくにアメリカでは、ビジネス・スクールが経営者教育に関し重要な役割を果たしている。アメリカという社会文化のもとで、上昇志向をもつ人々は、社会に出てからも盛んにビジネス・スクールに通う。これによってビジネスマンとして、経営者としての素養を身につけ、より高いポジションをねらうのである。 ビジネス・スクールとしては、ハーバード大学が有名で、日本でも名が通っている。ビジネス・スクールでの学問は、MBAといわれているものである。 MBAのやり方は、一言にしていえば、経営を戦略的に捉えることにある。その方法論は、大きく二つの柱から成立っているようである。 その一つは、戦略的分析法である。経営を戦略的に考えるにあたり、環境や自社の状況を徹底的に分析し、その分析結果を戦略的に再構築するのである。 もう一つの柱は、戦略的思考を体験することにある。それがシミュレーションという方法である。 残念ながら、今日の日本における経営環境はMBAが前提としている世界に極めて近い。私達はこのことを重視し、MBAの長所をシステムのなかに取り入れることにした。 前者の戦略的分析については、すでに私達は別に書を世に出して、そのなかで戦略的経営とその分析法について取り上げているいる(『明日をつくる経営自己革新』天野信・野口幹世共著 御茶の水書房)。 後者の体験的経営教育については、あらたに「経営力向上システム」として、ハーバードのシミュレーション方式をベースにした研修プログラムを開発したのである。
3.シミュレーションによる経営者訓練
シミュレーションとは、「自動車の運転シミュレーション」「航空機の操縦シミュレーション」等でおなじみのように、これによって実体験と同様の訓練が受けられるのである。アメリカのMBAは、二つの方法を用意している。一つは、「ケーススタディ(ケースメソッド)」であり、もう一つは、「ビジネスゲーム」である。 (1)ケーススタディ(ケースメソッド) これは、実例あるいは創作実例(これらの多くは資料として用意されるが)を教材として、そのケースについてどのように分析し、どのように対処し、どのように解決して行くかをつきつめるのである。 その進め方は、そのケースと共に与えられた設問があって、事前に自習しながらこれに答えて行くのである。そして、各自が用意して来た解答を、集団の場で発表し、討議する。そこで講師が質問をしながら、議論を深めて行くのである。 ケースには臨場感がある。自分がその立場に立ったらどうするかということが問われ、議論にも熱が入る。 ケーススタディ(ケースメソッド)は模擬体験学習としては有効であるが、反面、問題もある。まず、ケースの内容である。あくまでケースは「現実」ではなく、「資料」なのである。資料からでは本当の実態が見えない。ハーバード方式はこうした弱点を補うために、ケースごとに膨大な「資料」を用意し実態に近づけようとする。これを読むだけでも大変な労力を要する。これを短時間でこなそうというのだから、まさに、体力勝負でもある。このようにして、アメリカの経営者は鍛えられるのである。 つぎに、ケーススタディ(ケースメソッド)の講師の問題があろう。ケースには唯一絶対の解がある訳ではない。本当に掘り下げるには、リードする講師の資質に依存するところ大であっる。アメリカの名門ビジネス・スクールは整備されているのであろう。 日本においても、以前からケーススタディ(ケースメソッド)は輸入され、広く取り入れられているようであるが、これらは、もっぱら管理者教育・監督者教育用であって、経営者用はこれからの課題である。とくに、アメリカの翻訳ものでない日本に相応しいケース、リードできる経験豊かな講師等の問題は残る。また、日本では、途中のプロセスより最終の模範解答を求めたがるというのも、ケーススタディ(ケースメソッド)の障害ではある。 いずれにせよ、ケーススタディ(ケースメソッド)に参加するには、それだけの知識と経験がないと難しいだろう。 (2)ビジネスゲーム ビジネスゲームは、企業経営をゲームとして展開していくものである。当然、ゲームにはルールがある。このルールは、実経営に即して設定されているので、実際の経営の流れを感触しながら、展開できる。とはいえ、実経営には実に多くの事象が起こっており、これをそのままルール化しては、かえって、経営の本質がボケてしまうので、ルールは本質的なもののみに簡略化しているのが普通である。 ビジネスゲームの本当のねらいは、そこでの経営の戦略化である。どのような経営をするのか、そのためにどのような経営戦略を盛り込むのかを試行し、その結果をゲームの進行の過程で学ぶのである。 こうした訓練を繰り返すことで、外部環境の変化、競合、企業内部の運用とあり方、ひいては自社の力といった、総合的な経営を感覚的・体験的にマスターするのである。 ビジネスゲームもケーススタディ(ケースメソッド)と同様に、グループで会社を設立し、競合会社も存在する中で、自社の経営を自社の経営ボードで決定して行くのである。これも時間がかヽり、体力と気力が要求される。 ゲームをやりながら、経営の本質を理解し、身につくという点で、ビジネスゲームは、極めて有効な手段である。ただし、ビジネスゲームにも課題がsる。 その最たるものは、ゲームのソフトである。前記したように、ここに盛り込む内容が経営の本質の理解、経営戦略思考に役立つものでなければならない。しかも面白いものでなければならない。こうしたソフトを日本の企業の現実に即して用意することは、決して容易ではない。 次に、ゲームをリードする者の資質の問題もある。ゲームはルールに従って、進行するのであるが、そのままでは、結果はゲームの単なる勝敗のみになりかねない。ゲームの本来の目的を達成させることが重要である。 以上の理由から、日本におけるビジネスゲームは、これからであると言っても過言ではないだろう。 なお、ビジネスゲームも、ケーススタディ(ケースメソッド)と同様、参加者にそれだけの経営に関する知識と経験がないと、実り薄いものになりかねない。 (3)本ビジネスゲームの特徴 今日の経営環境および経営実践学のレベルから、優れたビジネスゲームが求められているには当然の成り行きである。 今日の日本において、ビジネスゲームに要求されている条件は、次の点である。 @ゲームの展開が容易であること。 A経営の仕組みと数字の裏付けが体系的に学べること。 Bグローバルな経営観、経営戦略思考が身につき、経営の本質が体得できること。 C初心者でも入って行けるような、丁寧なレイディネス(受け入れ準備)が用意されていること。 私達は、こうした条件を充たす研修プログラムを世に出したい考えていた。本ビジネスゲームは、ハーバード方式をベースにしている。従って、これに上記の条件をいかに組み入れるかを、私達が実施してきた実地経験から検討して来た。とくに、日本において、経営知識と経験の乏しい管理者及び経営候補者が容易に参加できることが大切であるとの認識に立って、Cに充分な配慮をし、ハーバードのビジネスゲームとの間隙を埋めようとしたのである。 本ビジネスゲームは、紙と鉛筆、電卓(ソロバン)等、最小限の道具で、極めて手軽に始められることに特徴がある。従って、会社の中でも、また同好のグループでも、気楽にまた繰り返し学習ができる。 手軽でありながら、経営の実践に不可欠な知識、経験が体系的に体得できるように工夫されたものである。これらのものは、決して書物とうの知識から得られるものではない。 「ゲーム」という言葉の概念は、アメリカと日本とでは異なる。日本では、「遊び」という意味合いが強いのに対して、アメリカでは、相手(競争相手、環境など)と対峙するというニュアンスが強く、競争社会における真剣勝負のことなのである。しかし、ゲームであるから、それなりの面白さがなくてはならない。そのことで、繰り返してゲームに挑戦しようという意欲にもなり、それが更なる学習のレベルアップにつながる。 既述のように、本ビジネスゲームは、本場のアメリカのビジネス・スクールのものをベースに置きながら、日本経営に適合させているいるので、ゲームの進行上の違和感は全くない。 本ビジネスゲームは、新しい時代の「経営者の育成」に役立つものとなっていると確信している。
(注)ゲーム(game)
日本語でゲームというと、「遊び」「遊戯」といった娯楽性のイメージしかない。英語においても、「game」にはそうした意味もあるが、それ以外に、「勝負」「競争」「駆引き」といった意味合いもあり、更には、「計略」「策略」といった意味合いにもなる。 そして、戦略論では、もっぱら、そうした意味に使われている。彼等は、「経営」を戦争と同じく、戦略と考えているから、「ビジネスゲーム」というときは、「ビジネスの真剣勝負」ということと同義なのである。
教材:『経営を担う購買・資材―高級サプライマネージャーの育成』
本教材の内容(一部紹介)
序 経営革新のキーは購買・資材にあった!!
驚くべきことに、今日の経営危機の救済あるいは経営革新が成功したケースの多くは購買・資材関係の革新にあるのである。 この一見信じ難い事実の秘訣はどこにあるのだろうか。 その秘密は、企業が購入する資材等の総額は、会社の資金の総支出のうち最大のものであるという事実である。この最大の支出をどのように考えるかが、本来、企業経営にとって、最大の関心事である筈のものであった。 ある自動車メーカーは、調達を見直すことで経営危機を救ったばかりでなく、このメリットで生産部門のリストラを遂行でき、その成果は更に企業の体質を強化するとみられている。また、ある企業は、製品の調達を社内から社外(海外)に切りかえることで、競争力を回復し、体質改善に成功した。 このような実例は、続々と報告されつつある。これらはすべて調達機能の改革であり、リストラである。 にも拘らず、この厳しい経営環境で、企業が最も力を入れて来た改革は、例えば、いかにして売上を増やすか、あるいは売上減少を食い止めるか、値下げにどう対応するかであった。また、いかにして製造原価を下げて、価格低下や売上減を吸収するかであった。勿論、企業はこうした地道な努力の積上げを怠ることは許されないのは当然である。しかし、これらの成果は、極めて僅かなものであり、全社を挙げての微々たる成果を寄せ集めて、辛うじて生存競争に立ち向かうのである。しかも、これらの対策に最も有能な人材と労力とを投入しているのである。 当然、こうした企業努力の中には、購買・資材部門の原価低減や合理化も含まれる。しかし、それは、単に購入先の値下げ交渉等のレベルであって、多くの場合、結局は購入先の必死の抵抗にあって、その成果も微々たるものに終るのである。 それにしても、大局的には、なんとバカげたことをやっていたのだろうか。 最大の経営戦略は最大の支出に向けられねばならない。それは、最早、従来型の購買・資材の方針や施策を超えるものである。 それでは、企業はこのような体制にするにはどうすればよいだろうか。 それは、取りも直さず購買・資材を経営レベルにすること、つまり経営そのものにすることである。そして、その購買の経営担当者に最大級の人材を当てはめることである。あるいは担当者を最大級の人材に育て上げることである。前出の自動車メーカーを経営危機から救った人物は、もともと調達マンだったのである。 企業の最大のリストラは調達を根本から見直すことである。 つまり、企業経営を戦略的にとらえ直す必要に迫られているということである。このことは企業活動において、原材料等の物量の調達から、製造、販売、売上金回収に到る各工程を繋ぐSC(サプライチエーン:供給の繋がり)のトータルシステムの中で、最適な体制をつくり、これを管理運営するための戦略が不可欠だということである。そうしたトータルなマネジメント戦略の一翼を担うべきものとして、購買・資材の役割を位置付けたい。 われわれは、そのための経営思考とノウハウを、ここに明らかにしようとしている。その上で、そうした役割を担当できる高級な調達マン(購買・資材マン)を育成するためのすべてを、以下において提供しようとするものである。
総論 価値を創造する購買・資材マネージャーへ
1.改革の遅れが目立つ購買・資材部門
(1)厳しい経営環境のもとで 企業をとりまく環境は、いよいよ厳しくなっている。かっての高度成長期は、最早、期待すべくもなく、低成長からマイナス成長、果てはデフレ経済の恐怖に慄く状況下にある。 売上の低迷から減少、加えて価格も大幅に低下する。こうした中で、企業は必死の防衛策を講じている。受注が確保出来なければ、原価低減が追い付かなければ、企業は生存を賭けて、リストラ、スリム化等による体質強化を推進せざるを得ない。資産の売却、不採算製品からの撤退、工場の縮小、海外移転、関係会社の整理再編、人員整理等々、あらゆる方策が実施される。そして、企業倒産も出る。 企業の改革に平行して、企業内の体制もスリム化すると同時に、組織も戦略重視の方向に切り替わりつつある。経営層においては、人員削減や執行役員制の導入に見られるような経営の強化があり、組織体制では、経営企画部門の設置・強化、販売部門の販売戦略型への改組等々、いずれも経営戦略重視志向である。そればかりでなく、従来型の人事制度も賃金制度も大きく変わってきている。 もう、従来の経営形態ではやっていけないのである。一刻も早く過去の伝統やしきたりから脱皮しなければならない。では、どのようにしなければならないのか。その改革の道筋は必ずしも明確でないのが現実ではないだろうか。 そうした改革の波の中ににあって、意外なことに、購買・資材部門の改革が遅れているのである。これはどういうことであろうか。 それは、まだ一般に、購買・資材部門における経営改革の重要性が充分に認識されていないからである。 (2)購買・資材部門のウエイト 今日までの長い間、それが当たり前のように、購買・資材部門は低く扱われて来た。部長がいて、課長がいても、購買資材部門にはエリートは配置されず、悪くいえば、行き場のない人間が配置されがちであった。しかも、業者との癒着のおそれから、かなり頻繁に異動させるから、プロとして養成されることが難しかった。購買・資材部門は、物品を購入して、それを保管し、要求部門に払出すだけという認識が支配的であるから、プロが必要という発想は生まれなかった。 それにも拘らず、実態面では、購買・資材部門のウエイトは大きいのである。 まず、その資材購入額の大きさである。全資金の占める比率は、業態によって異なるものの、最大といってよい。それに資材は原材料、副資材、消耗品等々として製造原価に高い比率を占める。ましてや、それを生産する機械設備等も購買部門の手によって導入されるのである。つまり、製品原価を左右する立場にあると言えるのである。 それだけの立場にありながら、購買・資材部門が低く扱われるのは、経営において、その貢献度が、営業や製造や経理や人事・労働に比べて低いと考えられてきたからである。いいかえれば、購買・資材部門の業務は、比較的に定型的できちんと管理されている限り、経営に重要な影響を及ぼすような要素は小さいということであった。 こうした伝統的な考えが経営上のチャンスを失っていることに、今日まで容易に気付かなかったのである。
2.購買・資材部門の見直し
(1)全社にまたがる機能と役割@資材管理か購買管理か 購買・資材部門は、「資材部」あるいは「購買部」とかの名称が付けられていることが多い。そして、管理面からは「資材管理」とか「購買管理」とかいわれるが、前者の方が後者より多いようである。 伝統的には「資材部」であり、「資材管理」である。 それは、企業にとって、資材は生産活動ひいては企業活動の出発点であり、それなくしては何も始まらないという重要な役割を担っているという発想である。それほど重要な資材は会社の重要な資産であるから、大切に保管し、常に品目、数量ともに明確にし、散逸、消失のないようにし、生産活動に支障を来たすことのないように常時備蓄しておくことが、何よりも大事なのであった。従って、資材管理のうちでも「在庫管理」はとくに重要な管理業務と見られていた。 このように管理することの重要性は昔も今も変わらない。資源の乏しい日本において、資材は貴重な財産でもあるから、倉庫を有し、そこに備蓄することは、企業にとって安心感と信頼性の拠り所ですらあった。資材部には「資材倉庫課」があり、資材の運送を担当する「運送課」が設置されていたのもそうした事情からである。 そうした伝統的見方が「資材管理」発想の原点であり、その意味からすれば、購買は資材管理のための調達機能と位置付けられ、購買は資材管理の一部となる。 これに対し、「購買管理」という発想は、資材の出発点は「調達する」ことであり、何を、何時、どれだけ調達するかが重要だとの認識からスタートする。調達した後の資材の管理は、ルールに則ってやればよいので、購買は即資金も流出を伴うばかりでなく、資材切れにならないように、資材の状況を把握して、発注するという役割は、対外的折衝を要するという意味からも、高度な判断と戦略性を有するという考え方である。 資源の乏しい日本であるが、反面、世界がグローバル化し、貿易も自由化し、海外からの調達といえども、困難でなくなれば、資材を安心のために必要以上に備蓄するニーズも薄れたという事情も、こうした考え方を助長することになったであろう。 とはいえ、「購買管理」といっても、その中には「資材の管理」が含まれているのは当然である。 結局のところ、「購買管理」といっても、「資材管理」といっても、その実態には変わりはないが、歴史的にみて、そのニュアンスの差に注目しておけばよいだろう。 A管理の範囲 購買・資材管理の社内での範囲は極めて広い。「物品等を購入し、保管し、それを要求部門に払出す」ということから、一見、簡単にみえるが、そうではない。 購買・資材の動きは、その都度、会社の財産が移動し、変化して行くのである。その変化の状況が確実に追跡されることで、会社の資産状況を正確に表示することになる。資材管理はこうした手順を遺漏なく実施しなければならない。 その関連する管理の広がりは総―1図に示す通りである。 これらの機能は、社外及び社内との関連において、極めて多岐にわたっており、その処理は経営活動の面からも非常に重要である。 総―1 購買・資材機能関連図
とくに、経理面からみれば、製造のために資材を払出せば、そこで資材は費消され、それが仕掛品や製品となり、同時にそれらは原価を有することになる。また、払出しはその内容によって、費用となったり、機械、車輛、什器、備品等では資産となったりする。 こうして、購買・資材管理は、社外との取引は勿論、社内全社にまたがる一連の手順や事務処理は多岐にわたり、間違いやトラブルの起こり易い分野でもある。購買・資材管理者といえども、これらに精通している人は極めて稀である。 「購買・資材管理」のうちで、「事務の合理化」が重要性をもっているのは、こうした事情による。 (2)調達の考え方――「buying」から「supply」へ 既述のように、「購買管理」という言い方をしたとき、そこには「調達」へのウエイトがある。 かって、いくら資材が重要であるといっても、やみくもに資材を調達保管しようとしたわけではない。在庫は必要最小限に抑えておきたいという意向は働いていたのは当然である。尤も、在庫切れは在庫担当者の最大の失策であるから、安全度を見込んで発注を依頼することになる。「発注点管理」というのも重要な管理であり、多くの理論と方法が編み出されてきた。 それにも拘らず、調達の意味が変化してきているのは、経済環境の激変により、調達の相手先ばかりでなく、その方法・手段についての選択肢が多様化してきたからである。 一方において、購買市場はグローバル化するなど変化してきている。 こうした環境の変化の中で、序で述べたように、購買・資材に対する考え方が変ってきたのである。これは、取りも直さず、購買・資材は本来経営活動の一翼を担うものあることは変わりないが、その経営活動の考え方が戦略的になってきたことによる。 経営戦略は、原材料の調達から始まって、製造、納入、販売、回収に到るあらゆるステップにおける物量・流通が最適であることによって、経営の効率化、利益の向上をねらうという方向に移っている。 こうした全社の経営戦略の立場から、購買・資材を捉えようというのである。 まず、大きな変化は、調達は単なる「buying:購入」という考えから、社内への「supply:供給」という認識になってきたことである。それは、物量の投入には後々までも責任をもつということに外ならない。こうして、購買・資材機能は、調達から製造・販売にいたる「サプライチエーン:SC」の連鎖に組み込まれることになる。 こうした発想の転換は、例えば、調達は製品を設計した後では、コストは固まってしまい、もう手遅れであるという考え方が出てくる。いわゆる「開発購買」の思想である。 企業内もそうした変化に対応して、より有利な調達を図ることが可能になってきたのである。これらは、社内における調達プロセスをも変えようとしている。ここに調達の世界はかってなく広がるのである。
3.戦略型への変換
(1)育たなかったプロ購買・資材を戦略型にするには、その道のプロが不可欠である。 ところが、資材管理のベテランは存在するが、調達のプロはほとんどの企業内にいないのである。 それは何故か。一つには既述のように、業者との癒着を警戒してベテランになる前に人事異動を行うことにも一因があったであろうが、それよりも大きな要因は、購買にプロを必要としなかったからである。 ごく一般には、社内からの購買要求は要求部門で仕様等を決めることがある。とくに機械設備などは工作部門で検討の上、依頼して来ることになり、購買部門の役割は限定されるだろう。 社内からの要求がなくとも、例えば、原料等については、それらを扱う業者側にプロがいて、それらの提案にもとづいて購買が決定される。商社の役割がその典型である。ここでのプロは商社マンであり、または扱い業者である。 こうした体制のもとでの購買には、プロは必要なく、新しく任務に就いた人間でも、業務遂行に慣れるのにそれほどの時間を要しない。 また、企業側でも、敢えてプロを育成し、それを抱えているだけのコストをかけるより数パーセントの手数料を払う方が、結局安くつくという計算もあるだろう。 たしかに、価格も安定し、物品の供給ルートも限定され、あるいは海外原料の輸入業者も限定されているという時代なら、その方が効率的であったと言えるだろう。 (2)購買環境の変化を見つめる しかし、企業環境は激変してしまった。物品そのもののソースを多様化している。従来のやり方での購買が、最適か否か全くわからない。もっとよいやり方があるかもしれないし、よい物品がより安く手に入るかもしれない。 購買調達をいろいろな角度から見直すべき時期にきているのである。 ここで、環境の変化の実態を例示的に概観してみよう(詳細は各論で)。 まず、一例として、自動車メーカーが採用したカンバン納入(ジャスト・イン・タイム)である。この思想は「必要なときに、必要な数量を、必要な場所(生産ライン)に」納入することである。ここでは、物品保管がないから、倉庫は不要である。この方式を採用するためには、納入業者との間で、両者にまたがる生産納入システムが確立していなければならない。これは従来の固定観念を打ち破る革命以外の何ものでもない。 次ぎに、グローバル調達ということが言われている。商品に国境はない。為替の交換も自由にできる。さらに、インターネットは世界中と交信でき、取引できる。必要とする物品等に購入条件をつけて、あるいは供給者の売却条件を含めて、世界中に発信して、供給者を探すことができるのである。 こうした時代の流れの中で、SCM(サプライチエーン・マネジメント)の思想が登場して来たことは既に述べた通りである。 安く、有利に入手しようとすれば、自社が必要とする物品を単純化するなり、標準化するなりの改革が必要であろう。ここにも、「開発購買」の役割は大きい。自社独自のものは、差別化に役立つとしても、それは自社内で製造し、供給するか、特定の業者に限定することになるだろう。 最も有利な条件が採用できるようになるには、その条件に社内ニーズを最もよく適合させることである。それには情報は不可欠な条件である。購買調達部門からの社内全体への情報発信は極めて重要な使命となってくる。 それには、購買・資材部門が高度に戦略的にならねばならない。
4.高級サプライマネージャーを創り出せ
(1)時代が要求する購買・資材機能@ リストラとの関連 購買・資材機能を戦略的にすることは、その機能が経営戦略の一翼を担うべきものだということにほかならない。 これを企業の経営戦略側からいえば、経営戦略は経営全体にまたがるトータルなものである。その中には、当然、購買・資材機能も含まれることになる。 例えば、自社が、何をどこまでやるか、そして外部から何をどのように調達するかということを考えた場合、内外の夫々の可能性の限界まで突き詰めて検討する必要があるだろう。また、それによって、企業のあり方すら変ってしまうかもしれない。生産設備を海外の会社に移転するとか、海外に会社を設立して、また下請会社に生産を委託して、自社はそこで製造されるものを購入し、販売するといったリストラの例は多い。 また逆に、外部調達あるいは外注依頼していたものを、合理化とリードタイム短縮のために、自社のラインに組み込むという場合もある。 こうした例はまだまだあるだろう。 いずれも、従来の伝統的な考え方やしきたりの中からは得られない発想である。そうした改革によって、痛みや血の出ることもあるだろう。 A 経営管理との関係 一方、購買・資材管理も経営管理の一環として捉えられるのは当然である。会社の方針、中長期計画、年度計画等に組み込まれ、年度計画は年度予算に基づいて業務は執行され、その結果はチェックされるという、管理サイクルが回ることになる。 例えば、今日の企業では、原価低減は至上課題であり、当然「購買原低」も経営計画に含まれることになる。そして、購買・資材部門からの原価低減は、「開発購買」にみられるように、全社的見地からなされ、社内の仕事の流れや価値観をも変えてしまうことにもなる。 B 価値を創造する機能 購買・資材管理の機能は、既述の通り、多岐にわたるものであるが、これからの時代において、重要なのは価値を創造する機能である。 価値の創造とは、今まで存在していない価値を創り出すことである。価値はユーザーの満足から生れる。その基礎は価値を生み出す情報やノウハウに依存する。これらの情報やノウハウは、従来型の購買・資材管理では必要しなかった。従って、従来の管理システムからは決して生まれて来ない。 こうした情報やノウハウを広く求め、自分の管理内に取り込むことで、経営に役立つ戦略が生まれるのである。 (2)同期化(シンクロナイズ:synchronize)とスルー(through)のスピードアップ 経営とは、需要(demand)を巡る競争である。需要に応ずるには、物量を競争力のある最適な価格で、要求される場所と時間に供給することが求められるのは当然である。競争はこの一連の流れの争いとなる。 そのために、企業はいろいろな施策を講ずる。先ず、その物を製造するための原材料の調達から、それを加工製造し、納入するまでの各ステップが夫々に競争力のあるものでなければならない。そればかりでなく、そこにある生産拠点、物量、流通、それらの能力(キャパシティ)、またタイミングがすべての次元で整合性を有していなければならない。 これが同期化である。つまり、経営の次元ではバラバラであってはならないということである。こうして高度にシステム化された体制のもとで、物流から資金の回収までがスピードアップされ、最終的にキャッシュとして回収されるのが、企業の経営戦略における究極のねらいである筈である。 今日、こうした意味での経営戦略が重要な役割を担うことになっている。ここに、購買・資材の役割が重要性をもつことは明らかである。 (3)サプライマネージャーは経営者である このような機能と役割をもつ購買・資材管理マンこそサプライマネージャーと呼ばれるべきものである。 従って、サプライマネージャーは、経営の一翼を担うという意味で経営陣に属するものである。そして、その役割を果すには、何よりも「経営」がわかっていなければならない。「経営がわかる」ことで、始めて「経営戦略的」思考が生まれてくるべきものだからである。 サプライマネージャーは「購買・資材管理の戦略者」ではなく、まず、「経営戦略者」でなければならない所以である。 (追) 本書は、上記のようなサプライマネージャーを育成するために作成されたカリキュラムである。 |
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